なぜいま、成長のロジックが書き換わっているのか
企業が次の成長の波に乗る最も確実な方法は、長らく「本業の強みを隣接市場へ広げること」だった。中核事業で磨いた資産・ケイパビリティを、少しずつ隣の市場へ横展開していく。イケアが1998年にインドへ出店し、アップルがアップルウォッチでウェアラブル市場に踏み出したように、成功企業の多くはこの「隣接拡大」を何十年も繰り返してきた。
ベイン・アンド・カンパニーの推計によれば、過去30年間で15年以上にわたり年率5.5%以上で成長し続けた企業のうち、およそ4分の3が隣接市場戦略を成長の主動力としていた。これは疑いようのない王道である。
ところが、その成功パターンが崩れ始めている。ベインのジェームズ・アレンとクリス・ズックが指摘するのは、隣接拡大とは別の道──強力な本業を持ちながら、それとは非連続な「第2の大きな中核事業」を育てる企業が増えているという事実だ。彼らはこれを 第2エンジン(Second Growth Engine) と呼ぶ。
アップルにとってのアップルウォッチは、いまやスイスの時計産業全体を凌駕する売上規模に達した。ポルシェは2002年、SUVのラインアップで郊外型ファミリー層へと進出し、いまや米国市場では従来のスポーツカー製品群の2倍の売上を稼ぐ。これらは「隣接」という言葉で片づけるにはあまりに大きな、独立した第2の柱である。
経営者にとって、これは他人事ではない。世界の大企業の幹部を集めたフォーラムで彼らが最も口にしたのは、事業の陳腐化と刷新への危機感だった。CEOの65%が「5〜7年以内に自社の主要な競合相手の顔ぶれが変わる」と予想し、63%が「新たなビジネスモデルを掲げた新しい競合が、自社の中核事業の脅威になる」と考えている。中核が永遠でない以上、第2の柱をいつ、どう築くかは、すべての経営者が向き合うべき問いになった。
いまが「第2エンジン」に最適な時代である理由
皮肉なことに、中核事業の陳腐化リスクが高まる一方で、新しいエンジンを起こす環境はかつてなく整っている。理由は大きく二つある。
第一に、資金コストが構造的に低い。 近現代で最も長い低金利局面が続き、成長事業を起こす原動力たる投資資金が空前の潤沢さにある。ベインの調査では、過去30年間の国際的な投資資金は世界のGDP総額の約3倍、10倍に達したとも見られる水準まで膨張した。破壊的な企業は、かつてほど巨額の投資を必要とせず、より少ない資本で規模とパワーを一気に拡大できるようになった。
第二に、テクノロジーが参入障壁を溶かしている。 デジタル技術が実用段階に達し、新しいビジネスモデルが次々と業界の境界線を書き換えている。これは既存の中核事業への脅威であると同時に、既存企業が新しいエンジンを起こす好機でもある。
この「危機」と「好機」が同時に来ているという認識が、第2エンジン論の出発点だ。動かないことのリスクは、動くことのリスクを上回りつつある。
「第2エンジン」の3つの型
アレンとズックは、第2エンジンを持つと見られる1000社以上を分析し、成功パターンを3つの型に整理した。自社がどの型を狙っているのかを言語化することは、戦略の解像度を上げる第一歩になる。
第1の型:既存中核と隣接する市場を、新技術で開拓する(成功例の半数) 最も多いパターン。第1エンジンの中核事業と「わずかに関係のあった市場」に、既存の資産と新しいテクノロジーを持ち込んで進出する。フランスのシュナイダーエレクトリックが好例だ。同社の中核は電力の送配電に使われる大型産業設備。それと並行して、工場・事業所向けのエネルギー管理に特化したソフトウェアおよびサービス事業を第2エンジンとして立ち上げた。産業機器にインターネット接続機能を持たせ、モニタリングによる「予知保全」という高付加価値サービスを提供する。製品を売り切るモデルから、電力使用量に応じて課金するモデルへの転換であり、既存の顧客基盤と技術を活かしながら、市場変化や競合の脅威から本業を守る副次効果まで手にしている。
第2の型:非連続なゲリラ型モデルを、別部隊で立ち上げる(成功例の5分の1) 第1エンジンとほぼ無関係に、まったく新しいビジネスモデルの事業を興す型。ゲリラ型の新興ライバルの脅威、顧客の購買行動の大きな変化、あるいは急速な技術進歩に対応するため、多くの場合は別事業部として独立させて立ち上げる。シンガポールのDBS銀行が従来の銀行業と別ラインでデジタルバンク事業を起こしたケース、ドイツの老舗出版社アクセル・シュプリンガーがデジタルメディア事業へ転じたケースがこれにあたる。
第3の型:買収で新しいビジネスモデルを一気に手に入れる(成功例の5分の1) 自前で育てるのではなく、機先を制するために新技術へ大規模投資し、自社の既存ケイパビリティと掛け合わせて一足飛びに市場リーダーの座を狙う型。リライアンス・インダストリーズがたどった道がこれだ。合成繊維メーカーとしてスタートし、石油・ガスで巨大化した同社は、2016年から新産業を立ち上げるための資金調達力・経営トップ層の採用・政府機関との連携を武器に、インド初の4Gモバイルネットワーク「ジオ(Jio)」を立ち上げた。投資額は210億ドルに達し、その後も150億ドルを追加投入。KaiOS(携帯電話用OS)や音楽ストリーミングへと事業を拡大し、いまやインド最大の企業価値を持つコングロマリットになった。
型は違えど、狙いは一つ。本業に依存しない、二本目の太い柱を持つことである。
成否を分ける4つの要因
3つの型のいずれを選ぶにせよ、成功する第2エンジンには共通して4つの要因が寄与している。ここからが、経営判断の核心だ。
要因1:大きな利益が狙える市場を選ぶ
成功した第2エンジンの事業分野を見ると、そのほとんどは プロフィットプール(バリューチェーン上の全地点で得られる利益の総額) が相当に大きい市場か、あるいは急拡大・急変している市場だった。
この点は勘違いされやすい。第2エンジンの市場は、第1エンジンよりも売上と利益の成長スピードが速いことが期待される。アマゾンのAWSはその典型だ。急成長するクラウドコンピューティング市場で圧倒的優位に立ったことで、AWSはいまやアマゾン全体の利益の半分以上をコンスタントに稼ぎ出す。営業利益率はおよそ30%に達する。
新しい中核事業を築くうえで最も多かった成功要因は、①プロフィットプールが大きい市場を狙うか、②まったく新しい形の競争優位を持つプレーヤーへとプロフィットプールが急速にシフトしている市場を選ぶ、のいずれかだった。フィリップモリスの「煙の出ないタバコ」への参入がその例である。
経営者への問い: その新市場は、参入する頃に十分な利益総額を生んでいるか。あるいは、利益の源泉そのものが自社に有利な方向へ移動しつつある市場か。
要因2:競争優位の源泉を確保する
魅力的な市場は、それだけでは罠になる。競争の激しい市場では、プロフィットプールの3分の2以上を上位2社がさらっていき、3位以下はかろうじて資本コストを上回る程度の利益しか得られない。ベインが複数業界の経済的利益の分配を調査したところ、多くの業界でこの偏りはさらに極端だった。
ここから導かれる教訓は明快だ。他社が真似できない強力な競争優位を持っているか、もしくはそれを手に入れる方法がはっきり見えているのでない限り、第2エンジンを追い求めるのは考え直すべきである。
この教訓を体現したのがベルギーのユミコアだ。同社は金属の再加工で世界トップクラスの技術を持ち、リチウム・ニッケル・コバルト・マンガンといった素材を精密な高品質配合物へ精錬してきた経験を蓄積していた。この技術的優位を土台に、電気自動車のバッテリーと触媒に不可欠な製品に特化した「ユミコア充電式電池マテリアルズ」を立ち上げた。既存の中核とは非連続に見えて、その根底には模倣困難な独自ケイパビリティがあった。
企業はただ成長を追い求めるだけでは利益を生めない。常に他社との差異があり、より優れているからこそ稼げる──この当たり前の原則を、新しい市場の熱気のなかで見失ってはならない。
経営者への問い: この事業で我々が「他社より優れている理由」を、一文で言い切れるか。言い切れないなら、その市場がどれほど爆発的でも成功の足場を欠いている。
要因3:起業家のようなマインドセットを持つ
第2エンジンの立ち上げには、既存の大手企業では自然に身につかない起業家的な思考法が求められる。ベインは著書『創業メンタリティ(The Founder’s Mentality)』で、このマインドセットを「権威への反骨」「前線への強いこだわり」「自分こそがその事業の所有者であるという当事者意識」と定義している。
データがこれを裏づける。大ヒットした第2エンジンを持つ企業の87%が、そこそこ成功した第2エンジンを持つ企業でも66%がこのマインドセットを備えていた。逆に、第2エンジンに失敗した企業でこれを持っていたのはわずか12%。4つの成功要因のうち、このマインドセットこそが最も強力な要因であると判明した。
問題は、こうした起業家精神が大組織の官僚主義と衝突することだ。成功企業はどうやってこれを克服したのか。答えは単純で、彼らは官僚主義と戦う必要のない場所に第2エンジンを置いた。すなわち、独立部隊として切り離したのである。
ブラジルのブラデスコ銀行がデジタルベンチャー「ネクスト(next)」を立ち上げた際も、最先端技術で独自の顧客層・文化・ブランドを追い、働き方も本体の銀行とは切り離した独立組織とした。オーステッドが買収した風力発電所群も、それぞれ別個の組織として扱い、各責任者に独自の企業文化・戦略・自由裁量を与え、「ミニ創業者」としての経験を積ませた。
近年は、社内ベンチャーに独自の意思決定権を与え、リーダーに「事業の所有者」としてのインセンティブとスピード感を持たせる動きが、大企業のあいだで広がっている。クリステンセンが『イノベーションのジレンマ』で描いた、社内ベンチャーを潰そうとする無数の力学に対する、実践的な解が積み上がりつつある。
要因4:第1エンジンの規模と資産を活かす
第2エンジンだからといって、ゼロから始める必要はない。むしろ既存の中核事業の規模・資産・ケイパビリティを活用できることこそ、既存企業がスタートアップに対して持つ最大の武器だ。ここが「独立させる(要因3)」との絶妙なバランスになる。
衛生管理の大手エコラボの例が示唆に富む。同社は第1エンジンで築いた販売網・営業部隊・顧客基盤を活かして、浄水に特化した第2エンジンを立ち上げた。きっかけは、1923年創業のセールスマンだった創業者がホテルの絨毯の汚れに気づき、それをきれいにする方法を考え出したこと。その後、浄水市場が今後急速に拡大すると読み、高度な技術を要するこの市場に参入した。同社は浄水技術を持つ企業を12件以上買収し、水処理の製品・サービスを既存のコア顧客へクロスセルした。結果、2010年以降エコラボの収益は68億ドルから118億ドルへと増え、企業価値は5倍、株価は46%上昇して市場平均を50%超も上回った。
ディズニーのディズニープラス(Disney+)も同じ構造だ。ストリーミングという新規参入にあたり、当時のCEOボブ・アイガーはこれを「最優先事項」と位置づけ、CEO職を辞して取締役会長として全力投球した。ディズニーは強力なブランドと独自の娯楽コンテンツを持っていたが、それでもメディアストリーミング企業BAMテックを買収し、さらに21世紀フォックスを買収してケイパビリティを補完した。既存の資産(コンテンツ)と新技術(配信基盤)を掛け合わせることで、視聴者層を拡大し、キャラクターや映像作品の関連商品売上まで押し上げるという、ビジネスモデル全体の相乗効果を狙った。
規模と独立──この二律背反をどう設計するかが、第4の要因の本質である。
4つの要因は「掛け算」で効く
ここで強調すべきは、これら4つが独立した足し算ではなく、互いに増幅し合う掛け算だという点だ。
- 市場のプロフィットプール(要因1)が大きいほど、第1エンジンの資産(要因4)を活かして市場シェアを奪う価値が高まる
- 参入戦略の差別化(要因2)が強力なほど、常に競合の一歩先を行き、優位をさらに強化する手段を見つけやすくなる
- そして、起業家的マインドセット(要因3)を持つ人材がいなければ、そもそも上記のいずれも実行しきれない
サーモフィッシャー・サイエンティフィックのコロナ対応が、この掛け算を鮮やかに示す。同社は診断用器具・実験用製品・医薬品サービスを提供する第1エンジンの資産(要因4)を活かし、新型コロナウイルス用PCR検査事業を立ち上げた。パンデミック初期、検査キットの生産量ほぼゼロの状態から、半年後には週に1000万回分を生産する規模まで一気に拡大。立ち上げからわずか10カ月で、この新事業は同社収益の25%を占めるまでになった。
同社は要因3も徹底した。1000人近い社員を新事業に異動させ、うち100人超をR&D部門の研究者で構成。6カ月間の新しい雇用契約を交わして本社から一時的に切り離し、起業家的なカルチャーを彼らのあいだで醸成した。全社員に向けたメッセージは象徴的だ──「コロナチームは我が社にとっても世界にとっても重要な仕事に取り組んでいる。彼らがそれに専念できるよう、そっとしておいてほしい」。さらに官僚主義の壁を破るため、通常の予算上の制約を撤廃し、1300人超を新規採用して新事業の陣容を一気に倍増させた。
急拡大する市場(要因1)、圧倒的な既存資産(要因4)、模倣困難なスピード(要因2)、そして守られた起業家組織(要因3)。4つが噛み合ったとき、第2エンジンは爆発的に立ち上がる。
第2エンジンを「やめておくべき」5つのケース
ここまで第2エンジンを推奨してきたが、いかなる場合にもリスクは伴う。むしろ、拙速な第2エンジンは第1エンジンの勢いを削ぐ。アレンとズックは、手を出さないほうがいい5つの状況も明示している。経営判断としては、この見極めのほうが重要かもしれない。
- 焦点が散漫になる危険性 — 本業がまだ大きな成長余力を残し、そこに注力と経営資源を集中すべき局面で、早まって第2エンジンに手を出すと、会社全体を台無しにしかねない。
- 覚悟が足りないリスク — 第2エンジンには素早い行動と大きな投資への果敢な意欲が要る。「とりあえず市場参入を試してみる」程度の覚悟では足りない。首脳陣に「この市場でトップを狙う」という強い意志があるか。
- リーダーシップの欠如 — 情熱・スキル・覚悟をすべて備えたリーダーが見つからなければ、第2エンジン事業が成功することはない。
- 第1エンジン部門からの敵意 — 第2エンジンには本業の規模とケイパビリティが必要だが、本業部門が反対し、主要な資産の使い道を握っているなら、おそらく立ち上げに適した時期ではない。
- 市場は熱くとも差別化に自信がない場合 — 市場がどれほど爆発的でも、真に差別化できる製品・サービスを投入できる自信がなければ、成功の足場を欠いている(要因2の裏返し)。
経営者への示唆
第2エンジン論が突きつけるのは、シンプルだが重い問いだ。
「あなたの会社の第2の柱は、いま、どこにあるか」
中核事業の陳腐化スピードが上がり、一方で資金とテクノロジーが空前の追い風を吹かせているいま、第2エンジンの検討は一部の先進企業の贅沢ではなく、既存企業が競争優位を維持するための必須要件になりつつある。
実務に落とすなら、着手すべきは以下の3点だろう。
第一に、自社が狙うべき型を定義すること。隣接開拓型か、非連続なゲリラ型か、買収による一気呵成型か。型が曖昧なまま資源を投じるのが最も危険だ。
第二に、4要因のスコアリング。狙う市場のプロフィットプールは十分か。他社に真似できない優位を一文で語れるか。起業家的リーダーと独立組織を用意できるか。第1エンジンのどの資産を掛け合わせるか。この4つを埋められない事業計画は、着手前に問い直す価値がある。
第三に、第1と第2の対立を先回りして設計すること。両エンジンはケイパビリティや顧客接点、販売網を共有するがゆえに、放っておいても自然には協調しない。むしろトレードオフが生じるのが常態だ。だからこそCEO自身が、対立を早い段階で予測し緩和する妥協案を用意する常設の会議体を持つ──この地味な仕組みが、掛け算を成立させる最後のピースになる。
隣接市場への進出という王道は、いまも有効だ。だが、それだけが解ではない。二本目の太い柱を、意図を持って設計する。それが、成長力を取り戻すための現実的な経営アジェンダである。
本記事は、James Allen & Chris Zook, “When Your Business Needs a Second Growth Engine”(Harvard Business Review, May–June 2022 / 邦訳『企業の成長力を取り戻す「第2の中核事業」をどうつくるか』DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2022年8月号)の議論をもとに、戦略実務の観点から筆者が再構成したものです。